大判例

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東京高等裁判所 昭和41年(行ケ)31号 判決

原告

日本ランズバーグ株式会社

右代表者

小川磐

右訴訟代理人弁護士

中村稔

外五名

弁理士

伊東守忠

被告

日本工芸工業株式会社

右代表者

坂東舜一

右訴訟代理人弁護士

入山実

外二名

弁理士

森田雄治郎

外一名

主文

特許庁が、昭和四十年十二月二十二日、同庁昭和三八年審判第七六六号事件についてした審決は、取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求は、棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」

との判決を求めた。

第二  請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

一、原告は、名称を「静電塗装方法」とする特許第二八八、一九六号発明の特許権者であるが、右特許発明につき被告から特許無効の審判請求があり、特許庁は、これを昭和三八年審判第七六六号事件として審理し、昭和四十年十二月二十二日「本件特許は、無効とする。」旨、主文第一項掲記の審決をし、その謄本は、昭和四十一年一月二十六日原告に送達された。

二、そして、右審決には、次のように要約される理由が示されている。

右特許発明の要旨は、「液体塗料を制御された速度で霧化装置の噴出口に送り、この霧化装置から液体塗料を機械力により霧化して微細粒子の噴霧となし、物品を静電塗装する方法において、被塗物品に噴霧粒子を静電的に附着するために噴霧放出装置と被塗物品との間に高電圧静電界をつくり、物品通路から間を隔てた彎曲通路内で噴霧装置の噴出口を循環的に運動せしめることを特徴とする静電塗装方法」にあるものと認められ、右特許発明の原明細書第三頁第二行〜第三行に「軸の周りに噴霧装置の角的位置を変化すること」、同第三頁第二十行〜第二十一行に「固定軸の周りにノズルを振動することもできて」、同第四頁第四行に「又は円弧状」、同第十一頁第二十、第二十一行に「これより図示の如くほぼ三〇〇度の孤に亘つて噴霧銃42を垂直柱の軸の周りに振動する。」などと記載があるところから判断すれば、右特許発明の要旨中、「噴霧装置の噴出口を循環的に運動せしめる」ことというのは、必ずしも三六〇度「循環的に」廻転させる必要があるものとは認められず、一軸を中心に任意の角度内で往復運動させることも含むものと認められるが、昭和二十六年十月二十五日特許庁陳列館受入の米国特許第二、五五九、二二五号明細書(以下、「第一引用例」という。)には、スプレーガン26(噴出口に該当する。)を直線路線に沿い往復運動させて霧化された粒子の速度を減少又は緩和して静電界の作用を受け易くして、霧化された塗料粒子を被塗装物16とワイヤ電極18、19との間の静電界内に撤布される静電塗装方法とその装置が記載され、昭和七年九月五日特許庁陳列館受入の米国特許第一、八五五、八六九号明細書(以下、「第二引用例」という。)には、圧縮空気により塗料を噴霧する噴霧装置45(噴出口に該当する。)及び塗装室10の壁と被塗装物20との面に高電圧を印加して塗装する静電塗装方法とその装置が記載され、本件特許出願の優先権主張の基礎となつた米国特許の出願前に頒布された特公昭二九―七、三三〇号公報(以下、「第三引用例」という。)には、液体塗料を制御された速度で、霧化装置の噴出口に送り塗料を遠心力により噴霧し、噴霧装置(噴出口を含む。)と被塗装物との間に高電圧を印加して塗装する静電塗装装置が記載され、昭和三十一年八月三日特許庁資料館受入の米国特許第二、七四一、二一八号明細書(以下、「第四引用例」という。)には、噴霧装置119を噴出口に該当する円弧状に運動せしめ、機械的に塗料を噴霧化し、塗料をワイヤ電極113と被塗装物108との間の静電界に撤布する静電塗装方法とその装置が記載され、昭和三十二年一月十一日特許庁資料館受入の英国特許第七四一、三一三号明細書抜萃GROUP三(以下、「第五引用例」という。)には、被塗装物81を曲彎通路に沿つて移動させ、曲彎通路の中心に設けた機械的噴霧装置82(噴出口に該当する。)で塗料を噴霧し、その装置と被塗装物との間に高電圧を印加する静電塗装方法と装置が記載されている。そして、本件特許発明の方法と第一引用例のものとは、噴霧装置の噴出口を往復運動させて機械的に噴霧した粒子を、比較的に静止せる空気に連続的にぶつけて噴霧粒子の速度を減少又は緩和して噴霧粒子を静電力の作用を受けやすくして静電的に塗装する静電塗装方法である点で一致する反面、(1)本件特許発明の方法においては噴霧放出装置と被塗装物との間に高電圧静電界をつくつて塗装するのに対し、第一引用例のものにおいてはグリッド式静電界で塗装する点、(2)本件特許発明の方法においては噴霧放出装置の噴出口が円弧運動をするのに対し、第一引用例のものにおいては噴出口が上下の往復運動をする点及び(3)本件特許発明の方法においては噴霧放出装置の噴出口が被塗装物の移動する彎曲通路内で円弧運動をするのに対し、第一引用例のものにおいては噴出口が被塗装物の移動する通路外で直線運動をする点で相違するが、(1)の相違点については、本件特許発明の原明細書第十五頁、第六ないし第九行に「荷電された噴霧装置の代わりに又は……」と記載されていることから明らかなように、右特許発明の(1)の方法をグリット式静電界によることにおきかえることができるから、本質的な相違と認められず、また、右特許発明のように、噴霧放出装置と被塗装物との間に高電圧静電界をつくつて塗装することは第二引用例((原告被請求人))は、本件特許発明の方法は第二引用例のものと相違すると主張するが、第二引用例のものは、ノズルと塗装室の壁とが同一電位であるから、いわゆるグリッド式のものと相違し、実質的にはともかくノズルと被塗装物との間に電圧を印加しているものとみなさざるをえない。)又は第三引用例によつて公知であり、(2)の相違点については、さきに認定したように、本件特許発明の方法においては、噴出口を一軸を中心に任意の円弧運動させることであつてもよいことから判断すれば、静電塗装装置において、右特許発明のように噴出口を円弧運動させることは第四引用例に示されていて公知であり、(3)の相違点については、右特許発明のように、噴霧放出装置を被塗装物の移動する彎曲通路内に設けることは第五引用例に示されていて公知である。もつとも、本件特許発明における噴霧放出装置の構造は、第五引用例のものと相違するが、その設置場所並びに被塗装物の移動通路、形状及び要求される塗装仕上の状態などに応じて、塗装装置全体の配置のなかで適宜設計しうるものであつて、第五引用例のものから、必要に応じ容易に実施しうべき程度のものと認める。また、本件特許発明は、その原明細書に記載されたところから判断すれば、以上の各引用例に記載された方法を単に総合したにすぎないものであつて、格別、発明の存在が認められない。結局、本件特許発明は、以上の各引用例の記載から容易に推考しうる程度のものであつて、旧特許法(大正十年法律第九十六号をいう。以下同じ。)第一条の規定に違反して特許を受けたものであるから、特許法施行法第二十五条第一項の規定によりなお効力を有する旧特許法第五十七条第一項第一号の規定により、その特許を無効とすべきものである。

三、ところが、原告は、昭和四十二年二月一日本件特許発明の明細書における特許請求の範囲の記載を、本件特許無効審決が発明の要旨として認定した前項掲記のものから、「液体塗料を制御された速度で霧化装置の噴出口に送りこの霧化装置から液体塗料を圧縮空気又は静水圧により霧化して微細粒子の噴霧となし物品を静電塗装する方法において、被塗物品上に噴霧粒子を静電的に附着するために噴霧放出装置と被塗物品との間に高電圧静電界をつくり物品通路から間を隔てた彎曲通路内で噴霧装置の噴出口を一軸を中心として回転せしめることを特徴とする静電塗装方法」に減縮訂正し、これに関連して明細書中、発明の詳細な説明及び添付図面を訂正することを求める特許訂正の審判を請求し、特許庁は、これを昭和四二年審判第六〇四号事件として審理のうえ昭和四十五年二月二日右請求のとおり訂正すべきものとする旨の審決をし、この審決は確定した。

四、さような次第で、本件特許無効審決は、本件特許発明の要旨を前記のように認定したが、本件訂正審決の確定により、右特許発明の明細書における特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の各記載並びに添付図面の記載は、その特許出願の当初に遡つて、訂正にかかる明細書及び図面記載のとおりであつたものとみなされるに至つた。したがつて、右特許発明の要旨中、特許請求の範囲の訂正前、噴霧装置の噴出口を、「循環的に運動せしめる」となつていた構成は、訂正の結果、特許出願時から、「一軸を中心として回転せしめる」という構成であつたことになり、一軸を中心として任意の角度内で噴出口を往復運動させる構成を含まないことになつたから、これを、本件特許発明の構成に含まれると解し、その構成が噴出口を「循環的に運動せしめる」点において、第一引用例における方法と一致するとした右特許無効審決の認定は、結局、誤りであることに帰着するとともに、この認定の誤りは、審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるのみならず、右特許無効審決において、本件特許発明につき、当然訂正にかかる特許請求の範囲に即してなさるべき無効事由の判断を、結果的とは言いながら欠如していることは明らかであり、この点は特許庁の審判による判断がないため、裁判所の判断に適する事項でない以上、右特許無効審決は違法たるを免れないから、取消さるべきものである。

第三  答弁

被告訴訟代理人は、請求の原因について、次のとおり述べた。

原告主張事実中、原告が特許権者たる特許発明につき特許無効及び訂正の各審決の成立にいたる手続の経緯、特許無効審決の理由の要点に関する事実並びに右訂正審決の確定により、右特許発明の要旨が、その特許出願の当初に遡つてその明細書中、訂正減縮された特許請求の範囲に記載されたとおりのものとみなされるにいたり、噴霧装置の噴出口の構成についても、原告主張のとおりの訂正がなされたこと及び右特許無効審決が右噴出口の構成につき原告主張のような筋合いで第一引用例における方法と一致すると認定したことは、認める。また、右特許無効審決が本件特許発明につき当然訂正にかかる特許請求の範囲に即してなされるべき無効事由の判断を欠如し、この点が右特許無効審決で判断されていないため、裁判所の判断に適する事項ではないこと、その趣旨において右特許無効審決の認定が結局、誤りであり、この認定の誤りが審判の結論に影響を及ぼすものであつて、本件特許無効審決が取消さるべきものであることはあえて争わない。

第四  証拠関係〈略〉

理由

一前掲請求原因のうち、原告を特許権者とする特許発明につき、特許無効及び訂正の各審決の成立にいたる手続の経緯、特許無効審決の理由の要点に関する事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、本件特許無効審決の取消事由の存否について判断する。

右一の事実に、〈証拠〉を併せ考えれば、右特許無効審決は、本件特許発明の要旨が本件訂正審決による訂正前の明細書中、特許請求の範囲に記載されたとおり、「液体塗料を制御された速度で霧化装置の噴出口に送り、この霧化装置から液体塗料を機械力により霧化して微細粒子の噴霧となし、物品を静電塗装する方法において、被塗物品に噴霧粒子を静電的に附着するために噴霧放出装置と被塗物品との間に高電圧静電界をつくり、物品通路から間を隔てた彎曲通路内で噴霧装置の噴出口を循環的に運動せしめることを特徴とする静電塗装方法」にあるものと認定し、そのうち「噴霧装置の噴出口を循環的に運動せしめる」ことというのは、必ずしも三百六十度循環的に廻転させる必要があるものとは認められず、一軸を中心に任意の角度内で往復運動させることも含むものと認め、この点において、右特許発明が第一引用例に記載されたものと一致すると認定し、専らこれを前提として、本件特許発明が新規な発明とは認められないとしているが、右審決後、その確定前、右訂正審決の確定により、右特許発明の明細書及び図面の各記載は特許出願の当初に遡つて、訂正にかかる記載のおりであつたものとみなされることになつたため、その特許請求の範囲は、減縮されて、特許出願時から、「液体塗料を制御された速度で霧化装置の噴出口に送りこの霧化装置から液体塗料を圧縮空気又は静水圧により霧化して微細粒子の噴霧となし物品を静電塗装する方法において、被塗物品上に噴霧粒子を静電的に附着するために噴霧放出装置と被塗物品との間に高電圧静電界をつくり物品通路から間を隔てた彎曲通路内で噴霧装置の噴出口を一軸を中心として回転せしめることを特徴とする静電塗装方法」であつたことになり、右特許発明の要旨中、特許請求の範囲の訂正前、噴霧装置の噴出口を「循環的に運動せしめる」となつていた構成は、訂正の結果、「一軸を中心として回転せしめる」という構成であつたことになり、「一軸を中心として任意の角度内で往復運動させる」構成を含まないことになつたことを認めることができ、したがつて、右特許無効審決が本件特許発明をもつて、第一引用例と対比し、噴霧装置の噴出口を往復運動させる点において第一引用例のものと一致すると認定したのは、本件特許発明の要旨を、右訂正審決により訂正された明細書中、特許請求の範囲に記載されたものとして考える場合、認定自体に誤りがあるというより、むしろ、結果的とはいえ、認定の客体に齟齬があり、結局、右特許無効審決は、訂正にかかる右のような発明の要旨に即した特許無効事由の存否について判断を欠如しているものというべきである。そして、思うに特許無効審決は、その対象たる特許発明の特許請求の範囲に変更があるときは、その最終的なものについて特許無効事由の存否を判断すべきものであつて、その判断を缺くときは、違法であり、たとえ、特許請求の範囲の訂正が特許無効審決後、その確定前になされたものであつても、違法たるを免れないと解するのが相当であるから、本件特許無効審決は違法であつて、取消さるべきものであるといわざるをえない。

三よつて、その取消を求める原告の本訴請求は、理由があるものとしてこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(駒田駿太郎 中川哲男 秋吉稔弘)

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